「子供を産んで国家に貢献して」というスカ官房長官

2日前、俳優の福山雅治さんと女優の吹石一恵さんが結婚したそうで。イケメン俳優の結婚ということで、世の女性もいろいろあったようでして、わたしゃショックだ、と会社を早退した強者も居たんだとか。
そいや、ウチの会社のパートのおばちゃんたちも次の日の朝、フクヤマが結婚したんよ、とかしましい。意地悪な言い方をすればええやん関係ないやん、と思うけどなあ。あれだけのハンサムが日頃、異性関係においてどんなことをしているのか判ったもんじゃない訳で(笑)。
そういう意味では、逆に奥さんが居ればファンとしても安心できるんじゃないのかよ、とオッサンはやっかみ半分思うけれど。

 

それはさておき。
そういう報道を受けて安倍内閣・菅官房長官の発言が少なからず波紋を広げたようです。

菅官房長官:「出産で国家に貢献を」 - 毎日新聞

 菅義偉官房長官は29日のフジテレビの番組で、歌手で俳優の福山雅治さんと女優の吹石一恵さんの結婚についての感想を聞かれ、「この結婚を機に、ママさんたちが『一緒に子供を産みたい』という形で、国家に貢献してくれればいいなと思う」と述べた。

官房長官の会見はいつも神経を逆なでされる。昼飯前の官邸での記者会見の発言かと思っていれば、どうもフジTV番組内での発言だったらしく。私がこのガースーのバカ発言を当初耳にした時の怒りの半分はクダランことを訊くな、とマスメディアに対して相半ばしたものですから、あーTV番組かと若干同情を禁じ得なかったりもするが、擁護するつもりも毛頭ない。フジTVかよと、また違った意味で腹が立つ。

 

で、この問題発言は女性は子供を産む機械、とのたまった過去の柳澤発言となぞらえて批判するのも、もっともだし、結婚すればすぐに子どもができるのかよと、欲しても子どもができない夫婦のデリカシーを踏みにじるものだという指摘も当然だと思いますがね。

 

 菅氏はその後の記者会見で、女性の出産を当然視した発言と受け取られかねないとの指摘に対し、「結婚や出産が個人の自由であることは当然だ。子供を産みやすく、育てやすい社会を作るのが政府の役割だと思っている」と説明。「大変人気が高いビッグカップルなので、世の中が明るくなる。皆さんが幸せな気分になればいいなと思っている中での発言だった」と釈明した。

 

こうして、その後の記者会見で、自業自得といえる釈明に追われるのです。それよりも私が問題視するのは「国家に貢献」というこの言葉。

 

「貢献」とは、貢物(みつぎもの)を献上するとか、役立つという意味じゃないのかしらん。じゃあ、子どもは国家に貢ぐものかよ、とあらためて怒りがふつふつと湧いてくるわけです。

 

だがしかし、いわゆるガースー・スカ官房長官国家主義全体主義ガチガチの極右のアレかと言えばそうでもなかったりして。調べますとこのオッサン、2000年自民党の加藤派に属していた時、「加藤の乱」が起こり、森内閣に対する不信任案で欠席したんだとか。不発に終わった加藤の乱の後、加藤派の分裂もあり決別するのです。2006年に再チャレンジ議連だとかの結成で安倍晋三が首相になる原動力としての論功から、今の地位を築いたのではないかと。ですから「美しいニッポン・戦後レジームからの脱却」ウヨクごりごりのゴスロリ(笑)稲田朋美辺りとは毛色が違うようで。

 

ようするに機を見るに敏、上手く立ち回る処世術に長けたヤカラといえそうです。企業なんかにもいます。社長派閥やら専務派閥、あるいは学閥みたいなものを利用したり寝返ったり、上司の家の引っ越しの手伝いは欠かさなかったり、すり寄ったり盆暮の付け届けは決して忘れなかったり、(ゴマすりの手法を良く知ってるやんか)そしていつの間にか重要ポストにチャッカリ就いているという具合の奴。えー?あいつが重役かよ!?みたいな。私どもボンクラには、そんな器用なこと出来へんし。
とまれ、このスカタン官房長官は「国=企業」同じように捉えてんじゃねえのか、と思う。パワハラ上司が言う「会社に貢献しないとおまえの席は無いぞ」みたいに恫喝を日常的に喚く奴というか。

 

政府を代表するスポークスマンである人間が「子供を産んで国家に貢献してほしい」と言えば「子供は貢ぎものかよ」と反発があることも予想できないとすれば、言葉を生業とする政治家としてアホすぎるし。

 

 

自民党の壊憲草案では現行の憲法13条の【すべて国民は(個人として)尊重される】という点を「人として尊重される」としている訳ですから、人間扱いしてやるだけましだと思え、とも読める。菅官房長官が言う「国家に貢献」はその辺りとも整合性がある文脈に聞こえて仕方がない。

 

 

 

 

ま、どーせ。

このオッサンの最後っ屁「批判には全くあたらない」などと傲岸不遜なことをぬかすんだろうな。