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東京都知事選のあとさき

あらためて言うのも変だけど、私もツイッターなるものをやっています。
私の嗜好が繁栄された結果なのでしょうが、この間約1ヶ月。東京都知事選挙で私のTLが埋め尽くされた。

今日あたりは「ノーサイド」という言葉が溢れたりして。
ところで、ニュージーランドラグビー選手だったかと記憶しているがノーサイドという言葉を知らない、とインタビューに答えていたのを思い出す。昔々の古いイングランドの格言だけがこのニッポンに取り残されてんじゃないのかしら、ガラパゴスのように。

誤解を恐れずに結論めいたことを言うと、しまいにゃ「オレ関係ないし」という気持ちが「ふつふつ」と湧いてきて、選挙終盤戦にはお前らどっか他でやれよ、という気持ちで一杯になりまして。なにしろ、投票権もない私が誰それを推挙します、と言っても仕方がないこと。
なんと言っても残念ながら、何をどう喚こうがそんな影響力を保持していない。

いかに日本の首都である東京の首長を決める選挙だ!と言っても、所詮余所の都市の首長選です。脱原発はもちろん賛成だけど東京都知事がその政策にどれほど関われるのだろう、と思うのです。仮に脱原発派が勝利しても、政治的に安倍晋三原発推進・再稼働推進・原発輸出などに「冷水を浴びせる」ことぐらいはできるでしょうが。
おそらく、官房長官の「中央の政策課題とは別問題」などと言う負け惜しみのコメントが翌日の報道で流されるのは想像に難くないのです。

で、そんな門外漢である私ですが、それなりに興味は持っていた。
個人として宇都宮候補を支持していました。けれど一票を投じることもできず、ツイッターで支持を訴えるのも何か変です。
ただ、宇都宮では勝てないので勝てる候補をと、いう理由で細川を支持した人々には心底がっかりした。それも著名人が多く賛同したという事実です。

それらは後述します。

ところで、いつも拝見するブログでも宇都宮を支持できない、とするブログが現れました。曰く前回の都知事選(猪瀬が圧勝した選挙)で宇都宮陣営が非民主的運営を行い、意見の違う人を排除する行為があった。或いは選挙違反行為があったなどというものです。それは事実かも知れないし、そうじゃないかもしれない。

そう批判する人は何をもってそういう判断をするのか、私には少し不可解に感じました。と言うのも、まるでその場にいたかのように事態を把握しているのならともかく、おおよそ「誰かの」発言や記述からそう判断して、批判しているのだろうと思うのです。

そもそも選挙などという代物、その人を支持するかどうかは、印象や世間的認知度などがその多くを割くのでしょう。(けれども、この「認知度」が一番厄介です。今回の都知事選でもおそらく多くの有権者は「このひと、知っている」が投票行動に表れた結果だろうと思う。つまり元厚労相でテレビにもよく出ている人である舛添が当選したのです。)おおむねテレビでの認知度が高ければ、橋下みたいな輩も当選するのです。それが民度だと言われても反論できないレベルで酷い、と思っています。

もう一方は、政治に関心があり、その人の政策や公約などを吟味して投票行動に移そうという民度の高い人(でもこれがフツーだと思うのですが)ですね。
であれば、自分の信条にいちばん近い人を推挙するしかないと思うのですが。
その人となりを実際に知っている訳ではないのが多くのケースでしょう。実際、その政策や公約を判断するしかないのです。例えば私が仮に宇都宮氏をリアルに知っているとしてですね、ひょっとして彼と人間的に合わないかもしれない。ましてや理屈じゃなく、生理的に受け入れられない、という感覚を持つとしたらどうでしょうか。そうなると、いかに素晴らしい政策を言おうが、もろ手を挙げて賛同するかどうか怪しいものです。或いはその周りにいる人々との意見の違いや手法の違いが引き金となって批判するのもあるだろうと思います。

つまり、個人の好き嫌いや私怨などが事の発端だったりする可能性がある訳です。前回都知事選で宇都宮陣営で行われたことがどうだったかなんて、その場にいなけりゃ解りっこないと思うのです。
前述の著名人が(しかも名だたる人々)細川を推したなんてのは、その一端が現れた結果ではないかと愚考します。要するに「内ゲバ」なんでしょうか。

「勝てる候補を」・「これを逃せば後はない」など言う脱原発派ワン・イシュー連中の一本化騒動には嫌気がさします。なかでも鎌田慧には心底がっかりさせられた。もうアンタ、筆を折れよ、と言いたいくらい。

 

弱者切り捨ての経済特区なんてのを支持する細川護煕を「脱原発ワンイシュー」で脱原発を成し遂げるならと、非正規雇用の過酷な現場を実体験した人間が支持するのはどう考えても理解しがたいのです。おそらく原発で命を落とす訳にはいかないのだ、というロジックだろうと思うのですがね。ひょっとしてこれからは「脱原発」は富裕層貧困層の分断を招く怖れを危惧する次第です。

 

これは間違いなく私のルサンチマンだろう。
けれども。
原発が事故を起こす前に、年間に格差や貧困で、毎年多くの自殺者がいるという事実を、お忘れではないか、ということも指摘しておきたいのです。