会社に依存することで安心感を得る人

少し前、身内に不幸があり通夜・葬儀と3日間、親戚と葬祭式場で同室という機会があった。一日中時間を共にすることなんて滅多にないことなので、故人をしのぶ話ばかりでは間が持たない。お互いの近況なども会話の俎上に上がるのだが、驚いたのが妻の弟(義弟)の仕事ぶりだ。

 

話の前段として、その義弟の妻が「私が行ってるパート先、有給休暇がないんよ」と言うから「そりゃ、ブラック企業じゃないの」と私が言うと、驚いたような顔して「えー。だって、個人商店みたいなもんだし」と言う。株式会社ではあるが同族経営の小企業だそうだ。

 

私:いや、パートでもアルバイトでも勤務時間が一定以上ある場合は有給休暇は発生するよ。

 

義妹:えー、そうなん?でも、そんなこと会社に言えば、おれんようになるし。

 

私:なんだったら代わりに労基に告発してあげようか(笑)

 

義妹:いやいや、だったら、うちの旦那の会社なんかもっと酷いよ。毎日会社に行くんよ。

 

私:はあ、毎日?休みはどうしてんの?

 

義妹:とにかく毎日会社に出勤してるんよ。なんか、かんか言いながら。

 

義弟:いやぁ、仕事の段取りとか全部しないと心配でねえ(笑)休日は1~2時間程度ですぐ帰ってくるんやけど。店舗を見てくるだけでも安心する(笑)

 

私:それアカンやん、サービス残業やし。言っちゃ悪いけどメチャ社畜やなあ、ほんま。倒れるよ終いに、過労死レベルやんか。労基の査察が入ったら即、行政指導ものですよ。

 

 聞けば、ほとんど毎日会社に出向くそうだ。
義弟はある地方の中小スーパーの店舗の店長クラス。
スーパーなどの流通業は1年365日営業という形態が多い。人手不足というか、人件費削減ばかり追い求める企業のせいで、休日も応援に行ったりしているうちに、いつの間にかこうなってしまったそうだ。


社畜というよりも、完全なワーカホリックである。会社に行くことが常態化している完全な依存症であろう。私が何かをするという訳にもいかないし、本人もいまのところ健康だそうだ。
場所柄もあり、私もそれ以上は言及を避けた。

 

しかし、地方の中小企業ではこういった従業員の、労働者の権利に対する無知やしがらみ、忖度、忠誠心の上で社会が回っているようだ。


私は以前、派遣で働いていた時に派遣元の悪辣さに腹が据えかねて、組合を立ち上げたことがあるが、その時の周りの人々の雰囲気というか、地方の田舎社会にありがちな権利意識に疎く同調圧力が働き、周囲に流されてしまう、そういったパターンが多いと感じた。

 

なぜドイツ人は平気で長期休暇をとれるのか | ヨーロッパ | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 ドイツは19世紀の産業化で、都市化がぐっと進むが、このとき「労働者」という階層ができた。それは時間を労働の単位としてみる感覚をつくる。労働者たちは周辺の村から都市へやってきたが、地縁血縁という前近代的なしがらみから離れることになり、人間の位置づけもそのものが「個人」という単位が強くなったといわれる。また、並行して「個人」という考え方を精緻化する哲学分野の「知」も政治・社会に大きく影響してきた。

 結果的に、ドイツでは「自分の人生は自分で構築する」という「自己決定」の人生観が広がったとみられる。これは同時に他者の自己決定を尊重すべきということだ。

 

情けないことに、これは地方だけの現象ではなく、ニッポン社会全体の課題でもあるようだ。